FC2ブログ
柴田カイロ 院長のひとりごと
診療に関係有ること無いこと、日々綴ってまいります。 傾向としては、食いしん坊日記?(笑) 柴田カイロのHPともども可愛がってやってくださぁ~い。
プロフィール

shibatachiro

Author:shibatachiro
柴田カイロの院長です。
HPともども可愛がってやってくださ~い。

柴田カイロプラクティックのHPへ



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



実話ならでは
先日、久々にレンタルVを借りてきました。
実は、つい最近ダン・ブラウン著“天使と悪魔”を読み終えたものですから、こちらのDVDを借りに行ったのですが、アメフトものの実話を映画化した“しあわせの隠れ場所”に気がひかれ、一緒に借りてまいりました。
こちらのが新作だったものですから、天使~より先に鑑賞してみました。
単純にアメフトが大好きで、実際のプレーも映画もどちらも楽しませてもらっています。
過去には、弟のために頑張ってNCAA最優秀選手賞のハイズマントロフィーを獲得したジョン・キャパレッティが主人公の“ジョーイ”は大いに泣かせてもらった秀作でした。
他にも題名は失念していますが、特にアメリカのNFLやカレッジを舞台にした映画はっけこう観ています。

アメフトに関わらず、実話の映画化されたものは実話ならではの説得力や迫力がたまらなく好きなもので、映画や小説の好きなジャンルになりますねぇ。
今回の“幸せの隠れ場所”は恵まれない少年が2009年のNFLのドラフト第一順位でボルチモア・レイブンズにスカウトされるまでを描いています。
この映画のひとつのキーがキリスト教です。
主人公がスポーツを見込まれて入学するハイスクールがキリスト教学校なのと、この学校に大きな影響力を持つセレブと深い関わりを持ったことがサクセスストーリーの重要な部分に成っています。
ただ、押しつけがましく宗教を全面に押し出している訳ではなく、関わる人たちが人道から外れかけるようなストーリーの肝心な部分で“キリスト教ではこう教えていませんか?”とセレブがやるわけです。

日本は仏教と神道が広く支持されていますが、国教というほどでは無いですよね。
不信心というほどではないのでしょうが、お仏壇と神棚が普通に同居している状態は、良くも悪くも多くの日本人の宗教への接し方を如実に表していると思います。
端的に言えば、ちょっと乱暴かもしれませんが、元々一つの宗教のみに熱心な国柄では無いと言えますし、近年はさらに宗教離れが進んでいるように思います。
舞台となるアメリカはほぼキリスト教の国ですが、最近では若者のキリスト教離れが激しいらしく、あからさまではありませんが、映画の中でもちょこちょこと不信心ぶりに触れられます。
アメリカで言うところの“キリスト教の教義に反する”というのは、イコール日本の僕たちの生活での“道徳に反する”とうことに同義語でしょう。
本当に少しだけ肝心な部分で言葉少なに触れるだけなのですが、主人公を取り巻く人たちには強力に作用します。
信心する≒良心を獲得する、ということが良くも悪くも宗教では強力に生じますから、少々偏った良心とはいえ、セレブの“キリスト教信者としてどうなの!”という問いかけは、つまり「あなたの良心に反していないのか?」という問いかけと同義と理解しています。
つまり、この映画はキリスト教離れを取り上げることで、良心が希薄になってしまったアメリカの現代社会へ警鐘を鳴らしているのでしょう。

僕は実家が禅宗ではありますが、いわゆる無宗教に近い立場です。
宗教活動自体は尊重しますし、祝い事や弔事、法事、お墓参りなども生活上必要な慣習として受け入れています。
カイロは科学である!非科学的なことに頼ってはいけない!!とは、僕の尊敬するある先生の有りがたいお言葉で、僕も確かにそうだと確信しています。
キリスト教と科学の対立は“天使と悪魔”での一つのテーマにも成っていましたが、そういう意味では、今のカイロ業を生業にするにあたって、無宗教的柴田カイロは結果としてそう悪くは無い環境といえます。
あっと、宗教談義をしたいわけではありませんでした。

この映画では、荒んだ生活環境の少年が成功へと導かれるサクセスストーリ的青年時代を描いてはいますが、彼の能力や努力、アメフトの楽しさなどを伝えるのが目的では無いのだと思います。
人の尊厳、人が人を信じること、信頼を得るためには、そんな人間くさい本質を上手に表現している秀作に出来あがっています。
主人公に人並み以上の恵まれた環境を提供するセレブに反感を持つひともいるでしょうね。
偽善、独りよがり、ペットのつもりでは、などいろんな見方もできるでしょう。
なぜなら、個人が出来ることはごく限られていて、この映画の主人公を救えはしたが、しかし他の沢山の恵まれない人たちはどう成るのだ!?という葛藤を感じてしまうからです。
結果的には、主人公の周辺の人たちへの直接的影響を始め、ハイズマンを取ったりドラフト1位で入団したりと、アメリカ全土へと興奮と感動をふりまきましたが、それはあくまでも成したことの結果なわけで、ことの初めにセレブが意図していたことではありません。
セレブは、単純に主人公と人並みに人として接しようとしただけ。
自分が出来る範囲の身の丈に合った善行が、赤十字への寄付よりは多かったということなのでしょう。
自分が人を信じて何かをしたとしても、そんな小さなことでは世界は何も変わらない。僕自身も少なからずそんな風に投げやりな気持ちでいたこともありましたが、この映画は真っ向からそれを否定しています。
とても抽象的な表現が多いので、全ては僕の偏見といっても語弊ではありませんが、主人公とセレブ、セレブの夫婦愛、家族愛、そして人種を超えた他人への愛。それらをとても上手に表現出来ていると思いました。

ほとんど台詞の無い主人公のマイケル・オアー役:クィントン・アーロンは表情や仕草での表現が秀逸です。
セレブの妻役のリー・アン・テューイ役:サンドラ・ブロックは持ち前の上品な元気印で大いに盛り上げます。
とても良いアクセントになっていた子役のS・J・テューイ役:ジェイ・ヘッドは誰にも愛される名演技でした。

信頼すること。愛すること。このとても身近で簡単そうなことが実はとても難しかったりしますね。
今がハッピーでも、運悪くアンハッピーでも、きっと良い教科書となることでしょう。
キリスト教に関係なく、どなたも必見の優秀作でした。

次は(いつになるやら・笑)天使と悪魔を予定しています。
こちらはストーリーよりも絵・画の美しさを堪能できるのではないかと期待しています。
楽しみぃ~



スポンサーサイト





この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://shibatachiro.blog64.fc2.com/tb.php/320-f453f726
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)